大阪大学に入学してからは、勉強だけでなくクラブ活動もしたい、できれば自然を満喫したいというのが希望でした。
クラブオリエンテーションの際におられた方が、たまたま高校の先輩(北池さんです)とわかり、いつの間にか入部しておりました。そのクラブは、大阪大学体育会釣部というのですが、何で体育会なのか当初わかりませんでした。
活動内容は、背中にリックサックを担ぎ、山の中(渓流班)をさまよったり、無人島やへき地に赴き(海班)、魚を釣ることでした。
私は海班に所属し、近畿地方だけでなく、四国、山陰、沖縄などいろいろなところを旅しました。学生は、お金はないが、時間はあります。そこで、青春18切符を使ったり、沖縄まで2日かけて船で旅したものです。楽しかったですね。無人島では、当然お風呂もトイレもありません。都会での生活とは、全く違う生活です。最初は抵抗がありましたが、慣れとは恐ろしいもの、何ともなくなってきます。
合宿での楽しみは、地元の方との交流です。沖縄の座間味諸島に行っていたときの事ですが、いつもの様に船着き場でテントを張っていましたところ、地元の方が集まってこられました。そのうちの一人が白い犬を連れておられましたが、なんと神戸から来られているとのことで、話が盛り上がり、宴会になりました。次の日、その犬がいなくなったと来られ、その方の船に乗って一緒に探しましたが、見つかりません。流されてしまったのではと、がっかりされていましたので、いろいろお話しをし、慰めたりしていました。
その後、大阪に帰り、数年が経過し、何気なく新聞に目をやりました。すると、いなくなったはずのあの白い犬『しろ』が映画の主人公になっていました。『マリリンに会いたい』という映画があったのを覚えておられますか。マリリンという雌犬にあいたいため、雄犬の『しろ』が流れの速い島の間を泳ぐお話しです。このモデルとなった犬だったのです。
歯学部は6年制ですが、6年生の夏までに進路を決めないといけません。国家試験に合格すれば、一人の歯医者の誕生です。しかし何もできません。そのため、どこかで修行するのです。
選択肢は2つ、大学に残るか、開業医に出て修行するか。早く開業したければ、開業医での修行が近道でしょう。しかし、私は他の人にはできない特徴のある歯医者になりたかったのです。時間はかかってもかまいません。人に負けない、自信を持てる事を極めたかったのです。
そこで、大学で研修することに決めましたが、次はどの分野を極めるかです。その当時、入れ歯に変わる治療方法としてインプラント治療が注目されはじめていました。そこで一つめの候補は、全身管理ができ手術ができる口腔外科(歯を抜いたり、口の中の手術を専門に行う)、もう一つは、自分の歯で歯の位置を変える矯正治療でした。
しかし、日本におけるインプラント治療は、開業医における臨床が先行しており、当時の大阪大学における考え方としては否定的な考えをされる指導者が多かったようです。その理由は、開業医において入れたインプラントを大学で抜くことが多かったためのようです。そこで、インプラントを学ぶのであれば、大学はふさわしくないと私は考えました。
このように、消去法により矯正が残りました。では、どうして矯正に興味を持ったのか?理由は、歯が動く・歯を動かすことができるということが、不思議でおもしろかったのです。私も歯学部に入るまで歯が動くことを知りませんでした。
また、変な位置にある歯は、咬めませんし、手入れができません。虫歯になったり、歯周病になる危険性が高いのです。となると、次は差し歯、ブリッジ、入れ歯へとつながる悪循環に陥ります。矯正治療により、この悪循環を防ぐことができるのです。
差し歯やブリッジ・入れ歯のような人工物が、自分の歯より優れているはずはありません。
また、私は、日本矯正歯科学会認定医ですが、この資格は大学で研修しない限り、資格が取得出来ません。そこで大阪大学歯学部歯科矯正学教室に入局致しました。


